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インドネシアあれこれ

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2021.11.27

ハリウッド映画の「キングコング」の撮影場所はインドネシア

何故、キングコングの映画がインドネシアで撮影されたのか
(1)1932年、最初のハリウッド映画「キングコング」の撮影が行われた場所は、インドネシア北スマトラ州中部タパヌリ県ムルサラ島(Mursala)、映画の中では、色々な巨大生物が住むスマトラ島インド洋沿岸の髑髏(どくろ)島となっています。西洋ではこの地方一帯は古くからロスト・ワールドと呼ばれていました。
(2)北スマトラ州中部タパヌリ県バロス地方は紀元前から栄えた古代都市、碑文から、7世紀、最初にアルメニア人がネストリウス派キリスト教を伝えた場所と言われ、ほぼ同じころ、イスラム教が最初に入ってきた場所でもあると判明しています。
(3)紀元2世紀、プトレマイオスの「地理書」の中にバロスは樟脳と金の産地として紹介されていますが、この地方は何回も大地震と大津波で一瞬の内に地上から消滅、バチカン教会の資料によれば、バロスの現ロブ・トゥア村は、昔は西洋人よりジャンジ・マリア(マリアの約束の地、黄金の鐘を有する聖堂があったと言われている)と呼ばれ、現在、地下20メートルに過去に消滅した古代都市が埋まっていると言われています。
(4)スマトラ島西部海岸で記録上知られているだけでも大地震と大津波は過去1381年、1608年、1797年1833年に発生、この地域は歴史上、突然消えた古代都市とされ、周辺のジャングルはまるでロスト・ワールドの様に感じられ、当時のヨーロッパ人には何か古代の巨大生物がいると想像されていました。
(5)アチェ大地震災害、東日本大地震災害も津波の被害が大きかったですが、バロスは当時、耐震建築はないので建物は全部崩壊、この地方の住民は大勢亡くなったと言われています。インドネシアは中世以降、スリウィジャヤ王朝のパレンバン商業都市を除いて、インドネシア歴代王朝の王都・宮廷は何れも高地に建設されており、涼しいだけでなく、地震と津波対策もあったと言われています。
第一次世界大戦後のインドネシアに於ける数々の新発見
(1)第一次世界大戦後はインドネシアの巨大トカゲ、コモド・ドラゴンが西欧社会に紹介され、オランウータン他、コモド・ドラゴンの様にその他にも不思議な動物、古代恐竜がインドネシアのジャングルに生息していると思われ、キングコング映画が製作されたと言われています。確かにインドネシアには古代魚シーラカンスもスラウェシ島に生息しています。
(2)数万年前までは人類最後の1メートル前後の小人人種であるフローレス人が生息していました。スラウェシ島には4万年前の世界最古の洞窟壁画も見つかっています。又、100万年前に生息していたと言われるジャワ原人の化石が発見される中部ジャワのサンギラン地方には不思議な動物の化石が発見され、住民は龍の化石であると信じており、かかる環境の中、ハリウッド映画の第一回製作の「キングコング」は、インドネシアで撮影されたと言われています。
キングコングの優しさ、悲しさとインドネシア
(1)キングコングは何故、映画の中でニューヨークまで行ったのか? 当時、インドネシアはコモド・ドラゴン巨大トカゲの発見で、その他にも不思議な動物、古代恐竜が本当に生息していると思われていました。
(2)映画の中でインドネシアから見世物としてキングコングがニューヨークまで運ばれますが、美人女優を見て彼女を愛したことから悲劇が生まれた何か物寂しい悲しいストーリに感じます。
(3)キングコングは白人の美人を必死に保護し、自分の手の中に優しく守り、エンパイヤステート・ビルディングの頂上まで上り、彼女を助けようとします。飛行機の機関銃の銃弾を何十発と被弾しても彼女を手放すことは無く、最後はビルから墜落してしまいますが、彼女を優しく守りながら息絶えて行った悲しい物語ですが、何故かキングコングは非植民地時代のインドネシアに思えてなりません。