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インドネシアあれこれ

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インドネシアは世界で一番豊かな国

世界の希少価値資源の大半はインドネシア原産
遥か紀元前より、西欧(ギリシャ人)、インド、イスラム、中国の商人達はインドネシアの希少価値資源を求めて来航しました。インドネシアは赤道直下に位置、熱帯雨林に囲まれ、豊穣な大地、現在も豊かなエネルギー・鉱物資源、希少金属、農林水産資源等に恵まれ、貴重な香辛料、薬、香料、金銀を産する世界で一番豊かな国です。世界史はある面に於いて、インドネシアの資源の争奪合戦の延長戦上にあったと言っても過言ではありません。その貴重な特産品とはスマトラの樟脳、肉桂(ニッキ、シナモン)と金、マルク諸島の胡椒、丁子(仏は原木を盗木、ザンジバル、マダガスカルに移植)、ナツメグ(ニクズク)等で、その他多くの香木(白檀他)も香水原料材として利用されて来ました。
インドネシアの豊富な資源の意義と価値
長い間インドネシア特産品は高額で取り式され、中継貿易によりその原産地は知られませんでした。食肉の保存と味付けには香辛料と香料、更には、樟脳は薬と共に防腐剤として利用され、古代エジブト、中東の王族は死後ミイラ保存にこの高級樟脳を用いました。その他マルク諸島原産の丁子も世界各地で高額で取り式され、漢王朝では口臭薬剤として使用、医薬、香料、刀剣、精密器材のさび止めとして、インドから西欧に取り式されました。この樟脳、丁子等は当時、金と同等の価値があったと言われています。更に、紀元前、ギリシャ人はスマトラ島バルス原産の樟脳の樹(楠樹)から無煙火薬を製造する技術を有し、戦いに武器として使用したと言われています。他方、我が国においては、明治以降、鈴木商店はスマトラ島より楠木(樟脳の樹)の原木を台湾に移植、火薬製造、セルロイド、アロマオイル等の化学工業を興し世界的規模の大企業に発展して行きました。
大航海時代はインドネシア産品の直接貿易を求めたのが始まり
貴重なインドネシア産品をどうしても直接貿易で取り式したいとして貿易通商路の開拓が大航海時代の原動力となりました。大航海時代の先駆けとして、1487年バルトロメウ・ディアスのアフリカ探検、その後、バスコ・ダ・ガマのインド航路発見、1492年コロンブスのアメリカ大陸発見、1522年マゼラン艦隊の世界一周等の目的はインド航路の開拓と香料と金銀に富んだ国(当時未知の国インドネシア)の発見が目的でした。コロンブスはサン・サルバドル島を発見、インドに辿り着いたと信じ胡椒を持ち帰りましたが、これは西インド諸島の唐辛子(チリ・ペッパー)で、マルク諸島の胡椒ではありませんでした。マゼランによって初めて胡椒、丁子、ナツメグはマルク諸島からの原産であると発見され、以降マルク諸島は香料諸島と呼ばれました。近代に至り、西欧人のインドネシア来航以降、インドネシアは植民地になり、豊かな資源は残念ながら、現在に至るも、自らの手では活用されていません。
インドネシアの将来と日本の役割
インドネシアは過去の歴史より見て、資源大国故、世界の大国になる過程を現在歩んでいる様に見えます。2030年にはインドネシアの国内総生産(GDP)は購買力平価ベースで世界第5位、更に2050年までには第4位となり日本を追い越すと言われています。生物の進化に例えれば、水陸両性から、陸に上がり、巨大恐竜に進化して行くかの如くです。しかし、進化の過程は生物にとっては困難と苦痛を乗り越えなくてはならず、国家・国民も同じです。日本としてはインドネシアの人的資源も含めて有効活用の為に協力支援する使命があると思われます。特に、インドネシアの豊かな自然の有効活用の為のアグロインダストリー等は非常に重要だと考えられます。日本国内は少子高齢化社会を迎え、インドネシアとの連携、協力開発及び互いの社会の活性化協力は可能であると考えます。日本とインドネシアは共通のアジア的社会秩序と価値観を共有し、日本とインドネシアの協力はアジア太平洋地域、しいては世界の安定と平和に貢献できるものと考えます。